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『うたをつぐもの』〜うたわれるもの・続編・第三幕〜 トゥスクルの動乱・挨拶

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 トゥスクルの都の印象は、一言でいえば雑多であった。オンカミ

ヤムカイの下の町がそのまま大きくなったようなもので、それよりも

さらに大らかである。混沌とした雰囲気は、見方によっては楽しそうに

感じるかもしれない。

 だが、街を見たアルルゥのまなざしには、落胆と悲哀の色が

にじんでいた。



 満ちたにぎわいは活気と殺気の入りまじったもの。あふれんばかりの

人波の合間には、全焼全壊した家屋がいくつも見えた。盛んに

かわされている売り買いの声も、異常に殺伐と響いている。

とてもではないがアルルゥたちだけで歩かせることはできそうに

なかった。どんな騒ぎを起こすか知れたものではない。

 盛り場もずいぶんと華やかだった。賭場や色町が公然と認められて

いる街は少なくないが、その管理を国がしているというのは珍しい。

 もっとも、行きかう客のガラを見るかぎり、あまり上手くは

いっていなさそうだ。本来あるはずの規約が表も裏も守られていない

感じを受ける。

 これは、流れこむ民が理由の一つなのかもしれない。入国入都の

関所には、かき分けねばならぬほど大量の流民が押しよせていた。

それなりに選別はしているようだが、おざなりな役人たちの態度を

見るに、抜本的な対応はとられていないのだろう。

 某たちが速やかに城へと辿りつけたのは、カミュたちの存在に
          ヨモル
よるところが大きい。國師の肩書きはもちろんだが、それ以上に

カミュ自身やアルルゥ、そしてトウカ姉の存在が、この国にとっては

特別なもののようだった。古株らしい兵たちの誠実な対応を思いだす。

彼女たちが語っていたトゥスクルとの関わりは、まったくの真実で

あったらしい。
      タゥロ         オムツィケル
 謁見の間で大老を待つ間、筋骨隆々の侍大将と妙な手振りで通じ

合っている様は、さすがにどうかと思ったが。

 そんなゆとりも、皇座の横に現れた男の鋭い眼光に消されてしまった。

彼の存在により立会いにも似た緊張が広がる。まとう気は理知的な

容貌にそぐわない、抜けてきた修羅場の数を感じさせる重さで、

試すようなまなざしを前に、某は思わず腰の刀を確かめてしまった。

 だが、場の中心に座るカミュは張りつめた空気を気にもせず、

丁寧な礼を向けていた。

「お久しぶりです、ベナウィ様。突然の訪問をこころよく迎えて

いただき、まことにありがとうございます」

「お気になさらずに。カミュ様も、お元気そうでなによりです。

アルルゥ様に、トウカ殿まで」

「は、ご無沙汰しておりました」

「おひさー」

 アルルゥは緊張の様子もなく、挨拶に軽く手を上げて応えていた。

本来なら無礼きわまりない仕草であり、叱責ではすまぬ行いなのだが、

ベナウィ殿はまなざしの鋭さを少しだけゆるめていた。

 代わりに浮かんでいたものは、小さくも強い悔いの思い。

「アルルゥ様には、大変な時になんのお役にも立てず……」

「……んーん、へいき」

「今ね、アルちゃんとエルルゥ姉様を探してる最中なんだ。みんなも

そのために手伝ってくれてるんだよ」

「ほう。トウカ殿に、後ろの方々もですか。今回の来訪はその関係で?」

「あ、えーっと、そうじゃないんだけどね」

 三者三様の応答に緊張が少しずつなごんでいく。なつかしむような
         オムツィケル
空気は横にひかえる侍大将はおろか、周囲に並ぶ文官たちの半ばにも

広がっていた。耳を澄ませば小さな笑いすら聞こえてくるゆるやかさは、

大国の執政の場とは思えない家庭的な雰囲気だった。

 無論、そんな軽い者ばかりではなかったが。
 タゥロ
「大老。公務の場ですぞ」

「マルシェロ……」

 ベナウィ殿の右手に控える背筋の伸びた青年から、折り目正しい

声が飛んだ。角ばった顔立ちに短く刈られた髪。見た目通りの実直さは、
タゥロ
大老に対しても物怖じすることなく堂々と苦言を呈してみせる。

「カミュ様のお立場はうかがっております。こたびの来訪はオンカミ

ヤムカイの遣いとしてのものだとも。まずは速やかにその真意を

お訊ねするべきではありませんか」

「そう、ですね。確かにその通りです」

「マルシェロ。お前は、相変わらず頭カテぇな。いいじゃねぇか。

大将だって久方ぶりの友を相手に、つのる話もあるんだからよ」

「クロウ殿は黙っていていただきたい。そのような公私混合が今の
                            タゥロ
トゥスクルの混乱を招いたのではありませんか? 失礼だが、大老の

政務は手ぬるすぎる」

「なんだと、テメェ。大将のやり方に文句でもあるってのか」

「クロウ、おやめなさい」

「ですがね、大将……」

「マルシェロの意見はもっともです。確かに、今の政策は見直す

必要があるかもしれません。その件は後ほど議にかけるとしましょう」

「なるほどなるほど。そうやってまたうやむやの内に消えていくと

いうわけですな」

 熱を持ち始めた会話に粘質な声がまとわりつく。含み笑いが

似合いそうな低い響きは、左方の低身痩躯が発していた。

「イエルポ、テメェ……」

「イエルポエルです、クロウ殿。いつになったら覚えていただけるの

ですかな」

「ケッ、そんな無駄なこと覚えていられるか」

「ははあ、なるほど。その程度のことも覚えられませんか。長年の
オムツィケル     ウォプタル
侍大将務めで頭の中までウマと同じになってしまわれたとみえる」

「……ケンカ売ってんのか、テメェ」

「そのへんでやめた方がよいのではありませんか、お二人とも。

お客様の前ですよ」

 今にも血を広げそうな話を、高く柔らかい声が絡めとった。

理由もなく人を不快にさせる声は、長髪に片目を隠した男から。

「お客様と言っても、どのような迷惑を持ちこんできたかは知れま

せんがね」

 たとえその声が爽やなものであったとしても、語る内容は十分に

不愉快なものであったが。

「おやめなさい、フーギ。彼等は私の旧知の友です。無礼は許しません」
     タゥロ
「ははあ。大老がそう言われるのであれば」

 ベナウィ殿に諌められてもなんの反省もない。わずかに一歩を

引いたあと、長髪の男はひそめきれない含み笑いをクツクツと

響かせていた。

 嫌な気が満ちていく。反感の想いは某たちからだけでなく、並ぶ

文官たちの半ばからも広がっていた。直前までの朗らかさはすでに

なく、あるのは不義不満の念ばかり。

 響く、小さなせき払い。

「カミュ様。申し訳ございませんがこの場は一度締めさせていただきたい。

部屋を用意させますので、どうぞごゆるりとお休み下さい。皆、

くれぐれも丁重にお応えするように」

 ベナウィ殿の宣言は場をまとめはしたものの、重い空気を払う

ことはできなかった。

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