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『うたをつぐもの』〜うたわれるもの・続編・第三幕〜 トゥスクルの動乱・現状

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「先ほどは失礼いたしました。不愉快な思いをさせてしまいましたね」

 与えられた客間にて、某たちはベナウィ殿を迎えていた。客人は
     オムツィケル
他に三名。侍大将たるクロウ殿と、他に二人の女性がいた。長く白い

兎の耳を見るにシャクコポルの民であろう。


      タゥロ
「いやいや。大老も難しいお立場なようだし、ね」

「ここではどうか、その立場はお忘れ下さい。アルルゥ様を前にして

威を張る態度はとれませんので」

「そうかい? それじゃベナウィ殿。まあ気楽にやっておくれ」

 頭を下げるベナウィ殿を前に、ティティカ姉はいつもの調子で
      オルヤンクル
応じていた。賢大僧正を相手にまったくの対等を貫く人だ。某も

今さら気にするつもりはない。

 応じるベナウィ殿の振る舞いも、謁見の間での対面に比べて

ずいぶんと丸みを帯びていた。横に向けた目には、二人の女性と

クロウ殿を相手にはしゃぐアルルゥとカミュの姿が映る。元皇女と

いう話は本当だったらしい。

「あるー、かみゅー」

「んー、クーやん。ひさしぶりー」

「ホントホント。サクヤさんも、元気だった?」

「はい、おかげさまで、よくしていただいております」

「そっか。むふふ、ベナウィ兄様ともうまくいってるんだ」

「そ、それは、その、あの……はい……」

 長耳の女性二人とじゃれあっている様を見ていると、どうしても

疑いを捨てきれなかったが。

「トウカ殿もお元気そうでなにより。武勇の数々は伝え聞いており

ます」

「は、恐縮です。申し訳ございません。すっかりご無沙汰してしまい

まして」

「いえ。貴女ほどの方を一つ所に留めていては世の損失というもの

でしょう。それは聖上も理解していたはずです」

「……はい」

 語りながら、ベナウィ殿は昔を懐しむように目を細めていた。

トウカ姉も同じ感慨を覚えているようだ。交わる視線の中に、

両者を繋いだ人物の影が見えるような気がした。

 どうしようもない羨望が胸をよぎる。この二人にそこまで想われる

人物に、某も一度お目にかかりたかった。

「ところで、さっきから気になっていたんですがね」

 横から聞こえた野太い声。クロウ殿が首を捻りながら問いかけて

いる相手は、きょとんとした表情のカリンだ。

「あら、わたし?」

「ええ。どうも、見知った顔によく似ているんですがね」

「確かに。……思わず酒蔵の警備を固めたくなります」

「ああ。こちらはカリン殿。カルラの娘さんです」

 簡潔に答えるトウカ姉の言葉に、絶句の気配が瞬時に広がった。

「……本当ですかい? 確かに、よく似ていやすが」

「父親は、やはり聖上なのでしょうか……」

「それはもちろん、秘密ですわ」

 目を見開いたベナウィ殿とクロウ殿に、カリンは可愛らしく片目を

つむって見せた。広がる気配は笑みを含み、室内を和ませていく。

 しかし、某は表情をゆるめることはできなかった。ベナウィ殿の

鋭い眼に、まっすぐ見据えられていたからだ。おだやかながらも

緊張を孕んだまなざしに、どうしようもなく背筋が伸びてしまう。

「貴方も、エヴェンクルガの方ですか」

「は、はい。タイガと申します。まだまだ未熟な身ではありますが、

どうぞお見知りおきを」

「いえ、覚えるほどの者ではありませんので、聞き流してやって

ください」

「トウカ姉っ」

 ティティカ姉たちの影響か、あるいは心からの本気なのか。

トウカ姉の発言はどんな時でも遠慮がない。こんな場面ぐらい、

弟分の顔を立ててくれてもよかろうに。

 情けなくあわてる某に、それでもベナウィ殿はまっすぐなまなざしを

向け続けてくれていた。

「いえ、澄んだ目をしています。やや素直すぎる向きはありますが、

よい武士になるでしょう」

「あ、ありがとうございますっ」

「そうでしょうか。ウルトリィ殿といい、どうも皆さんこやつに

過大な評価をし過ぎている気がするのですが」

「トウカ姉……」

「そりゃまあ、エヴェンクルガの目から見れば厳しくもなるんだろう

けどね」

 からかうようなティティカ姉の言葉を、喜ぶべきなのか悲しむべき

なのかもよくわからない。
     オルヤンクル
 そして、賢大僧正の名を聞いたとたん、ベナウィ殿は緊張を

とり戻していた。

「ウルトリィ様の信頼も得られているとは。なるほど、ただの護衛として

雇われた、というわけではないのですね」

「おや、そろそろ本題に入ってもいいのかい?」

「本題、ですか」

「もっとも、別段オンカミヤムカイにそう頼まれたってわけじゃ

ないから、あくまでアタシたちが勝手にお近づきになっただけと

解釈してもらいたいんだがね」
                    アンクァウラ
 ややこしい言い回しは、つまり、あくまで雇兵団『ティティカル

オゥル』として話を聞くということであり、オンカミヤムカイの
                   まつりごと
干渉ではないと念を押しているのだろう。政の世界はどうにも

ややこしい。

 ベナウィ殿は当然のようにその意を汲み取っていた。

「……そうですか。ウルトリィ様のご配慮であれば、ありがたく

お受けいたしましょう。ちょうど、信頼の置ける者を探していた

ところでもありますので」

「つまり、そういう状況に置かれている、と」

「ええ。街の様子からも、多少は察していただけたとは思いますが、

事態ははるかに緊迫しています」

 ベナウィ殿の落ち着いた言葉に、某たちは自然と耳を寄せていた。

「城下ではこの所、不特定多数の屋敷や商家を狙った大規模な破壊

行為が行われています。目標も目的もはっきりとはしていません。

賊の規模や手口もです」

 語られる話を聞きながら、途中で見た破壊の跡を思いだした。

あれほどの行為が日常的に行われているのであれば、なるほど、

剣呑な雰囲気も理解できる。

「我々も兵を動かし対処してはいるのですが、問題は、明確な説明を

人々に伝えられないことです。元からの民は他国から流れてきた者を

疑い、流民たちは自分たちへの迫害だと考える。疑心暗鬼ばかりが

膨らみ、街では無関係な暴力沙汰が後をたちません」

「国の兵が介入することでますますこじれる、ってわけだ。でも、

いくら目的不明の悪党どもったって、対処できないもんかい? 

ベナウィ殿がその程度に手こずるようには思えないんだけどね」

「ええ、そうですね。問題が城下のみであるのなら、私も速やかに

片づけたいのですが」

「なるほど。他の場所でも似たような状況になってるわけだ」

「お察しの通りです。元々このトゥスクルは数多の藩主、豪族が

参入し形を成した国。各地の統治は各々の裁量にまかせ、主導を

この都から下していたのですが、この情勢ではそれも正常には

機能せず……。

 とらえた賊はその場で自害する潔さ。いや、どこか病的な意思に

動かされているとのこと。どうも背後に大きな影を感じるのですが、

煩雑な諸事に追われ、いまだその尾をつかみかねている有様なのです」

「そもそも周りの連中が大将に頼りすぎてたんでさぁ。まったく、

ちいっと厄介に巻きこまれただけでどいつもこいつも嘆願ばかり

持ちこみやがって」

 ベナウィ殿の苦悩もクロウ殿の憤りも、急激に規模を広げた国には

よくあることだ。優れた統治者が統べている間はよいが、一人に

頼りきっていた体制は当然崩れるのも早い。戦乱の世に入り、

その傾向が顕著に現れたのだろう。

「苦労してるねえ。御家臣がたの足並みが揃ってないのもそんな

関係からかね」
                     オゥルォ
「……ハクオロ皇が去られて後、トゥスクルは皇を定めていません。

元より独裁の体制は望む所ではありませんでしたから、統治の役を

能力ある者に分け与え、それぞれの任を務めさせようと考えたの

ですが」

「使える奴がまっとうな奴ばかりではありませんでね。賭場色町の

管理はおろか、国の収支まであやふやになる始末。一応、時おり

大将が確認はしているんですがね、これがまたあっちの分が足りない

だの、こっちの分が消えただのと」

「やはり聖上は偉大なお方でした。すべては私の力量不足による

ものです」

「そんな、大将は悪くありたせんぜ」

「まったくです。ベナウィ殿に務まらぬのであれば、他の何者だとて

適わぬでしょう」

 ため息を吐くベナウィ殿に対し、トウカ姉は真摯な言葉を向けて

いた。まなざしはいつもの通り一点の曇りもない。嘘が苦手と

いうよりも語ることができないのは、某が一番よく知っている。

 トウカ姉にそこまで言わせるベナウィ殿を信じることに、一片の

迷いもありはしなかった。

「某もそう思います。ベナウィ殿は名君の器をお持ちのお方。

足りないのは手足となる臣でしょう。およばずながらこのタイガ、

その力の一端を担わせていただきたく思います」

 強い意を込めた某の言葉に、ベナウィ殿は目を開いていた。

「……ありがとうございます。皆さんには、街の治安をお願い

したい」
                     アンクァウラ
「まあ、アタシ達にできるのはそのぐらいか。雇兵団としてじゃ

逆に反感買いそうだね。トウカの名を借りるとしようか」

「よろこんで。エヴェンクルガの名に恥じぬ成果をお約束いたし

ましょう」

「アンタもがんばんな。エヴェンクルガの名を落とさないようにね」

「うぐ……」

「よろしくおねがいします。後の指示はクロウにお訊ねください。

私は全力をもって背後関係の特定に当たりますので」

「はいっ」

 かけられた期待の大きさに、答える声も自然と弾む。某だけでは

ない。アルルゥやカミュや他の皆も、同じように意気を上げていた。

 あるべきトゥスクルの街の姿が、そのとき確かに見えていた。

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