見回りのため、某はトゥスクルの城下町を歩いていた。テルテォ、
ムティ殿と共に、ニコルコに導かれて。何故このような状況になったのかは
イマイチ判然としない。
「まったく、あの女どもに付きあっていたら体がいくつあっても
足りんぞ」
「うう、また姫さまに逃げられました……」
某たちがトウカ姉たちから逃げてきたような、某たちがカミュたちに
逃げられたような。あの三人を野放しにして大丈夫だろうか、という
不安が湧かなくもない。ベナウィ殿に街の見回りを任されてから
十日以上経つが、知られるようになった某たちの名が本当に勇名なのかは
どうにも疑わしかった。
「マアマア。せっかくですから普段は行けない場所の巡回をいたし
ましょう、ハイ」
そんなこんなで男だけになった一行は、いつの間にか普段とは異なる
場所を進んでいた。にぎやかさ、剣呑さは変わらないが、妙に空気が
色めいている。見受ける女性の姿と数が思わせるのだろう。客を引いて
いる雰囲気は、どこかティティカ姉に通ずるものがある。
「なんだここは。ニコルコ、お前一体どこに……」
「うわあ、タ、タイガ様〜」
聞こえてきた叫び声に緊張を取り戻す。
瞬時に剣へと手を伸ばし、ムティ殿へと向き直っていた。
抜き放つ剣閃を定めようと、その身を捉えた人物を見据える。
ムティ殿を後ろから抱きすくめ、頬をすり合わせている女へと。
「おのれ、それ以上の狼藉……は?」
「やーん、この子、かわいい〜」
嬉しそうなその女性は、周囲の状況によく馴染んだ、妙に着飾った
風体をしていた。
「タ、タイガ様、助けてください〜」
「いや、助けろといわれても……」
害のなさそうな笑顔を浮かべた妙齢の女性を相手に、まさか斬りつける
わけにもいかない。一体なにがどうなっているのやら。
説明を求めた周囲では、ニコルコとテルテォが別の女性二人と言葉を
交わしていた。なにやら話がまとまったような雰囲気を漂わせている。
「おい、ニコルコ。一体なにをしている。その女性がたが知り合いなら、
早いところムティ殿を解放するように」
「エエ、エエ。さっそく参りましょう、ハイ」
「参るって、なんの話だ」
「なに惚けたことを言っているんだ、お前は。色町に来て行くところなど
決まっているだろうが」
「な? 色町……?」
言われ、今さら気がついた。なるほど、飲屋宿屋が軒を連ねる
この通りは、確かにトゥスクルの色町に違いない。艶っぽい雰囲気は、
道の先へと進むほどに深く濃くなっている。
テルテォたちが向かおうとしているその先だ。
「バ、バカなことを言うなっ。某たちは巡回をしている途中なのだぞ。
務めも終えずに飲み歩こくつもりか。それも、よりにもよって色町
なんかで……」
「あー、ひどーい」
「そんなこと言う人、キライですー」
愚行をいさめようとした某の言葉は、左右からの声に妨げられた。
ニコルコと話していた二人の女性に、抱かれるように腕をとられる。
「な、な?」
「そりゃあ今でこそちょっと雰囲気悪くなってるけどぉ」
「トゥスクルの色町は他の国と違ってきちんとしてるんですよー。
姉さんもがんばって今まで通りの払いをくださいますしー」
「ちっちゃくなってお店にはでれなくなっちゃったけどね」
「でもあれがいいってお客さんもいるんだよー?」
「わ、わかったから、某の腕をとったまま話し合わないでくださいっ」
胸が、胸が当たっている。
二人の女性は某の困惑に顔を見合わせた後、寄せる身に力をこめた。
「にゃあっ?」
「うふふ、お侍様、かーわいい」
「ねえねえ、早くいこー」
「エエ、エエ。参りましょう、ハイ」
「ニ、ニコルコっ」
非難の先を商人へと向ける。だが、ニコルコは揉み手のまま、
いつものうさん臭い笑みを浮かべているばかりだった。
「いいではありませんか。こういう遊びも貴重な情報収集でござい
ますよ、ハイ」
「そ、そんな理屈が通るかっ」
「マアマア、骨休めということで」
「だからっ」
「そうですよ。一緒に飲みましょうよ」
「わたし、いっぱいイイコトしますよー」
「し、しかし……」
「いつまでもグダグダと。なにを女々しく騒いでいるんだ、貴様は」
某の懸命な抵抗を、テルテォは一笑に付していた。困惑から戻り
見上げたその先には、冷ややかな笑みが浮かんでいた。どうにも
対抗心をかき立てられる笑みだ。
「な、なんだと?」
「男なら遊びの一つや二つ楽しめなくてどうする。武士たるもの、
いつでも余裕をもって臨むものだ」
「う、む……」
「それとも貴様、臆しているのか?」
「な、なに?」
「はん、女を怖がるような奴が武士とは笑わせてくれる。そんなことで
役に立つのか、お前の剣は」
「貴、様……っ」
奥歯を噛みながら剣を握っていた。意識が自然と戦いを臨むものに
切り替わる。
いつものように腰を沈め、備えた刃を抜こうとしたが、適わなかった。
両脇の笑顔が動きを押さえてきたせいだ。
「まあまあ、そんな無粋なことはなしにしましょうよ」
「止めないでください。侮辱されたまま黙っていては武士の名折れ。
こやつには一度きっちり思い報せてやらねばと」
「だったらー、お酒で勝負にしましょうよー」
「酒で?」
「おう、それはいい。が、あまりに俺が有利すぎるか? 逃げたくば
逃げてもいいぞ」
虚を突く発言にテルテォが便乗していた。浮かべた笑みは冷ややか
だった。引き下がることなどできるはずがない。
「……いいだろう。その勝負、のってやるっ」
「はーい、四名様ごあんなーい」
「ウチはお酒だけじゃなくて料理もおいしいからねー。楽しんで
いってねー」
狭まった意識のまま、皆に引かれて店への道を辿っていた。
後ろから聞こえてくるムティ殿の呟きは、当然聞こえるはずもない。
「タイガ様……挑発に弱すぎです……」
己の愚行に気づいたのは、最初の一杯を飲み干した瞬間だけだった。
「……は?」
目を開き起きた場所は、見慣れた城の一室だった。
「……某は、なにを……あ、だだだだだ……」
締めつけるような頭の痛みに、かすかな記憶が蘇る。そう、確か
見回りの途中、テルテォの挑発に乗せられ、そして……。
「……飲みにいったはずだが……」
記憶がまったくなかった。最初の一杯に手をかけた所までは辛うじて
覚えているのだが。
今までもそうだった。酒に極端に弱い某は、一杯目以降の記憶を
保てたことがないのだ。
そして……。
「む、起きたのか」
「テルテォ……」
部屋に入ってきたテルテォを見上げる。その顔には昨日までと違い、
なにかしらの敬意が浮かんでいた。
不気味さと共に不安がよぎる。
「某は、一体……」
「あそこまでやるとはな。お前を見くびっていたようだ。昨日の言葉は
撤回しよう」
うなずきながら、テルテォはしきりに感心していた。しかし、まるで
覚えのないことにそこまで感心されても対応に困る。
入れかわり入ってきたのは、疲れた顔の小さな姿。
「ムティ殿……」
「タ、タイガ様。起きられたのですか」
なんだろう。その揺れるまなざしには、怯えとも哀れみともつかぬ
光がたたえられていた。
「……昨日は、ご愁傷様でした。気を落とされぬように」
お悔やみ申し上げます、とでも続きそうな雰囲気だった。だから、
まるで覚えのないことにそこまで同情されても……。
「オヤオヤ、タイガ様。大丈夫ですか?」
最期に訪れたのは事態の張本人。
「ニコルコ。昨夜は……」
「エエ、エエ。娘さんがたも満足しておられましたです、ハイ。
また遊びにきてほしいと言っておりましたよ。今度は、もう少し
優しくしていただきたいと」
「やさ、しく……?」
怪しげな商人は言いたいことだけ言い終えると足早に去っていった。
ひたすらに持ちあげるその言葉に、ますます不安をかき立てられる。
「……一体、なにをしでかしたんだ、某は……」
知りたいような知りたくないような。
某は複雑な思いと締めつけるような頭痛を抱えたまま、もう一度
闇の中へと沈んでいった。
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